作ったり考えたりの記録

Perspective drawings

手帳になにを書くのか

「手帳と大震災」

 手帳やノートを書くのが好きで、いままでにいろんなノートを使ってきた。
最近でいうと手帳(手帖)との関わりや考え方が変わったかなって思うのは、2011年の東日本大震災の経験があるような気がしている。
 東北大震災の時、自分の住居が倒壊したり、金銭的な被害が大きかったわけじゃない。(しかし実家のほうの被害はそれなりに大変だった。祖母の家は半壊したしいろんなモノも捨てた)

 実は、2011年の手帳は手元にないというか手帳そのものがすっぽり無い。
 2011年から2012年の夏か秋頃まではブログも含め「記録すること自体」ができなくなった。

自分の家から100キロ離れた海のまちには壊滅的な被害がでた。
宮城に住む幼馴染の夫の行方はいまもわからない。
原発事故の被害状況は未だに未知数だし現況として震災被害に苦しんでいるひとは今もたくさんいる。


内陸で被害の少なかった私でさえ「生きていると信じられないような悲しい出来事ってあるんだなあ」、と心から実感した。(そしてその出来事は容易にコントロールすることができない。)

 比較的言葉にすることを苦と感じぬ私でさえニュースや情報に触れすぎて自分自身の心と向き合うことがしんどいと感じ、絵も描けず、モノも作れず、言葉も出なかった。

 その時の経験から感じたことが幾つかあるのだけれど、
「心が折れることはこれからもあるかもしれない」
「そしてそれでも生きていかなきゃならない」

・・・このことは、普段実感として感じなくて済むものだけれど、生きていれば大なり小なり経験はする。
震災じゃなくても、失恋とか、大切なペットとの別れとか、病気とか。


心が折れて穴が開いて、そこから復活するまでは時間がかかる。
しかし、心が折れることがあっても、人はなんらかの形で心を癒していく。
「自分が生きているようす」を大切に綴っていけば、過去の自分が今の自分を応援してくれることだってすくなくないし、未来に目を向ける視線も変わるだろう。


そういう意味で私は表面的な「手帳術」や「時間管理術」にはあまり興味がない。
多分自分にとっては手帳のスケジュールが「埋まる」ことが重要なんじゃない。

毎日を大切に生きる。
そのことだけに集中できさえすればいい、と思いながら今日も手帖を綴る。
言葉で埋まら無い日だってある。
言葉を以ってしても、気持ちを以ってしても、埋まら無いことがあるってことを大切に受け入れたい。


CXsrW_4VAAAJI78.jpg
関連記事

« 前の記事  ホーム  次の記事 »

■ プロフィール

nyororo

Author:nyororo
にょろろです。
射手座 B型。

高校の美術教師として勤務後、2007年よりフリーで仕事をはじめました。 現在は水彩やイラストの制作、スケッチ教室で講師をしています。
スパム防止のため、コメントは承認制にしています。コメント下さった方、すぐには表示されませんが少々お待ち下さい。



○おさかなを飼っています。
「おさかな観察日記」もよろしくお願いします。

○趣味で英語を勉強しています
「2000時間英語トレーニング日記」

☆よく出る話題
 水彩 スケッチ 織り 染め 紡ぎ 編み物 写真 カメラ 旅行 文房具 テチョカツ 万年筆 ジブン手帳 海外ドラマ 金魚飼 英語学習 多読 Skype英会話 Glee Law & Order Criminal minds 洋画 カフェ 蘭栽培 Apple製品


☆お知らせ
2010年11月にgooブログから引っ越しました。

■ 最新記事

■ メールフォーム

イラスト制作・水彩講座のお問い合わせなどはこちらにお願い致します。

名前:
メール:
件名:
本文:

■ ブログ村

■ 最新トラックバック

■ Twitter

 

■ 検索フォーム

■ QRコード

QR